現代版組踊を担う子供たち
蔵當健吾 Vol.4
(4)才能が花開くとき
初舞台を経験し、「阿麻和利」の楽しさに目覚めた健吾は、持ち前の
運動神経の良さとリズム感をいかし、男性アンサンブルの中で目立つ
存在になっていく。参加した当初は「舟持ち隊」だけが出番だったが、
旗や棒を持たせてもらえるようになった。
琉球舞踊やエイサーなど、沖縄の伝統芸能がふんだんに盛り込まれた
「肝高の阿麻和利」。中でも阿麻和利が操る棒、男性アンサンブルの旗は
勇壮で見ごたえがある。特に、いま、舞台のフィナーレで披露する旗の
演舞は人気が高い。彼はいったい、どこであの技達を身に着けたのだろうか?
「音に合わせて、身体のおもむくまま、動くままに(棒や旗を)振っていると、
次第に型が出来てくるんです。
先輩や平田さんから“そこはもう少し動きを大きく”とかアドバイスして
もらって仕上げていく…という感じ」
何気なく彼は言うが、それはそう簡単なことではない。
音楽のタイミングにあわせて、決めのポーズを取る。
舞いながらも、舞っている自分が見えるのではないか?と思うぐらい、
健吾は見せ場を作るのが上手い。動きのひとつひとつにメリハリがあり、
ここぞ、という所で見栄を切る。
聞けば、幼稚園の頃からエイサーやマーチング、カラーガードを経験し、
母の舞台にも度々、連れられていったという。
楽屋で遊んでいるとばかり思っていた小さな男の子が、終演後、
あの人の踊りはかっこよかった、あの人の衣装は踊りと合っていた、
など感想を述べる。
しかも、その感想が小さい子ながらも意外に的を射ているので、
誰かに聞かれたら大変!といつもヒヤヒヤしていたと、彼の母は笑っていた。
県外出身者の私から見ると、沖縄には歌や踊りが上手い人が
多いな、と思う。普通のおじいさんやおばあさんがいとも簡単に
カチャーシーを踊るし、三線を弾く。
「もーあしびー(毛遊び。屋外で歌や踊りを楽しんだ。男女の出会いの場でも
あったらしい)」の時代から綿々と受け継がれてきた県民性。
健吾の場合も持って生まれた身体能力と、幼い頃から目にし、
知らず知らずに身につけてきた芸の素養が、「阿麻和利」をきっかけに交わり、
表に現れるようになったのだろう。
やがて、男性アンサンブルは「舟持ち隊」、「旗」だけでなく、
「エイサー」、「テンテンブイブイ」も、と持ち場を増やしていく。
エイサーやテンテンブイブイは地域の保存会から指導を受けつつ、
舞台全体を通しての見せ方は健吾と数名が中心となり、
皆で「あーでもない、こーでもない」と相談し、実際に身体を
動かしながら、形をつくっていったようだ。
「自分はもともとダンスも好きなんで、ダンスの格好よさと
伝統芸能の持っている凄さや面白さをミックスさせて、
俺たちみたいな若い人が見ても“面白い”、“かっこいい”って
感じてもらえたらいいなと思ったんです」
動きはもちろんのこと、衣装やメイク、表情など、
「お客さんの目線」を自分の内に持ち出したら、舞台づくりは
ぐっと面白くなった。映画や音楽はもともと好きだったが、
以前よりもずっと真剣に見るようになった。
男性アンサンブルの活動が面白くて面白くて仕方がなかった。
「自分は男性アンサンブルとして『阿麻和利』を卒業していくんだ、
って普通に思ってましたから。今でも心はアンサンブルですし、
まさか役者で卒業するとは思ってもみなかった」
そう、2003年夏の関東公演までは。
☆男性アンサンブルとして、めきめき
頭角を表した健吾は軽いノリから役者に挑戦し、その挑戦が
彼を「阿麻和利」役へと導いていきます…。
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投稿者 tao-factory : 2006年05月30日 01:13
