2006年05月26日

蔵當健吾 Vol.2

(2)きっかけは先輩の誘い

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今では主役として際立った存在感を放っている健吾。
けれど、「阿麻和利」に参加する前は「自分には絶対にムリ」と
思っていたという。

「音楽に合わせて踊ったり、セリフを覚えたりなんて自分には
到底やりきれん…って思ってた」

先に参加していた2つ違いの弟と琉球舞踊家であり、「阿麻和利」には
衣装や振付などのスタッフとして関わっていた母から、「阿麻和利」の
ワークショップがいかに楽しく、やりがいのあるものかを聞いても、

「お前はお前でがんばれ。俺は俺の道を行く」

と、当時、いちばん関心があったバスケ部の活動に打ち込んでいた。

そんな健吾に転機が訪れたのは、中学2年の夏休み。
「きむたかホール」で行われた「きむたか文化まつり」で
母親の頼みで模擬店を手伝っていた時だった。

「焼き鳥を焼いていたら、女の先輩が近寄ってきたんですよ。
それで、唐突に、“人が足りないから、一緒に「阿麻和利」をやらない?”って
誘ってきて。でも、その時は別世界だと思っていたから、“絶対、ムリっす”って
断ったんですけど、何度も何度も誘いに来るんですよ。

しかも最初は1人だったのが来る度に人数が増えていって、
最後は5,6人でやって来た。
その中には恐い、いかついタイプの先輩もいて、“お前、何でやらん?”
なんて言うものだから、断るわけにもいかなくて、つい、“ハイ”って
答えてしまった」

先輩の迫力と執念に負ける形でOKしたものの、夏休み中の練習には
本番ぎりぎりまで顔を出さず、逃げ回っていたという。

「だけど、さすがにある日、母親から

"一度交わした約束はきちんと守りなさい!”

って言われて、仕方なく行った。…行ったんだけど、ホールに入った瞬間、

“何だここは!? ついていけない”

って思って、2時間の稽古中、ずっと壁にへばりついていた」

健吾が度肝を抜かれたのは、子供達のテンション。
同年代の仲間が学校では見たこともないような明るい表情で、飛び回り、
「オーパレーレ!」(注1)と大声を出している。

“とんでもない所に来ちゃったな”

と、足を踏み入れたことを後悔する…。

☆後悔先に立たず?でも、この経験を通して、健吾は素晴らしい
体験をします。Vol.3はこちら。続きを読む→。

Vol.1はこちら→


(注1)オーパレーレ!
平田大一が携わる舞台、ワークショップ、その他もろもろで
必ず行われる「声出し」。大声を出すほどに心の殻が破れる、
という思いから、稽古の前や終わりに全員で大声で叫ぶ。

「オーパレーレ!メディキチクンディ モサモサモーサ
オーパレーバルエーバルワー」

という謎の言葉(^^)。意味は誰も知らない。
発祥は「ディアマンテンス」のアルベルト城間氏。

投稿者 tao-factory : 2006年05月26日 14:39