2006年05月26日

蔵當健吾 Vol.3

(3)学校とも塾とも違う、自由な世界

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けれど、この反応は実は健吾に限ったことではない。
「阿麻和利」OGであるレキオスバンドの東浜夏希、「あまわり浪漫の会」の
知念みなみも、初めて「阿麻和利」の稽古場に足を踏み入れた時は、
平田大一が作り上げる異様にテンションの高い空間に、

“何、この大人。キモい…”

とひきまくったという。
けれど、ここからが特徴的で最初にひいたメンバーほど活動が
長く続いている。夏希もみなみも今では出演者の立場を卒業して、
舞台を支えるスタッフの側に回っている。
おそらく、ひいた分だけ、舞台を成功させたときの達成感が
大きいのだろうなと思う。

「こんなの絶対にムリ」「自分には出来ない」と思っていたはずのことが
出来てしまった時、「阿麻和利」での経験は成功体験として子供たちの
胸に刻まれ、自信が培われていく。

「だけど、3回ぐらい通ううちにすっかり慣れた(笑)。
オーパレーレ!も言えるし、俺ってけっこう順応性があるなって
その時に知った」

自分の隠れた特技(才能?)に気づくのも「阿麻和利」にハマる
理由の一つ、かもしれない。

そして、何より健吾を「阿麻和利」の世界にハマらせたのは、
男性アンサンブルの自由な雰囲気だったという。

「高校生の先輩とかが、緊張している俺に“敬語なんて使うな”って
言ってくれて、年下でも対等に話して仲良くしてくれた。
当時、俺たちの出番は舟持ち隊(注1)だけだったから、出番以外は
歌のうまい先輩がラジカセに合わせて大声で歌ったり、ヒップホップの
曲に合わせて誰かが踊りだしたり、こんな自由な世界もあるんだ、
ってびっくりした」

人数にすれば10人いるかいないか。
きっちりとトレーニングを積む女性アンサンブルの傍らで少々やんちゃな
雰囲気を漂わせていた男性アンサンブル。
だけど、学校や塾で常に上下関係に縛られがちな彼らにとって、
年齢に関係なく仲間たちとワイワイやれる時間は何より貴重だったのだろう。

 そうして迎えた初舞台は、2002年8月31日のきむたかホール。
舞台の上でのことは緊張のあまりほとんど覚えていないが、
仲間たちと一つのことをやり遂げた充実感は何ものにも代えがたい
経験だった。

「もう最高。舞台が終わったあと、皆と大騒ぎして楽しかった〜。
 こんなに面白いなら次もやろうって自然に思った」

部活(バスケ)と学校と家庭が世界のすべてだった少年に、
「舞台」という未知の世界への扉が加わった瞬間だった。

そして、その未知の世界=舞台は健吾の可能性を大きく
伸ばしていくことになる。

☆「阿麻和利」の世界に足を踏み入れた健吾の日々は
ガラリと大きく変わっていきます。
Vol.4はこちら→。続きを読む。

☆蔵當健吾インタビューVol.1はこちらから→
☆蔵當健吾インタビューVol.2はこちらから→

(注1)舟持ち隊(ふなもちたい)
「阿麻和利」の登場シーンで、阿麻和利が乗っているサバニ(小船)を
担ぐ男の子たちのこと。今でこそ揃いの黒い衣装をつけている彼らだが、
健吾が入った当時はTシャツに制服の黒ズボン姿っだそうそうだ。

投稿者 tao-factory : 2006年05月26日 14:59